夏のおつまみと言えば枝豆ですが、秋はやはり銀杏。今では茶碗蒸しに入れる為にとかで、すでに剝かれているレトルトや缶詰の銀杏も存在しますが、銀杏はやはり殻付きの物の方が香りが豊かです。硬い殻を剥くのが大変というのであれば、封筒に銀杏を摘めて電子レンジで加熱すれば硬い殻が割れて、後は塩をかければすぐに食べる事ができます(加熱時に銀杏が弾かれてレンジ内を傷つけない様に必ず封筒などに入れて加熱しましょう)
そんな銀杏ですが、その大元のイチョウの木は実は古代から生き残った数少ない植物の一つだったりします。今回は銀杏の歴史やその優れた健康効果についてご紹介致します。
恐竜が歩いていたおよそ今から2億年前のジュラ紀には複数のイチョウの仲間がいました、葉の形なども今のイチョウとよく似ていました。その後、恐竜絶滅(隕石衝突など様々な要因の説があります)や氷河期を乗り越え、現在の中国大陸で1種類だけ生き残りました。生きた化石と呼ばれる所以です。
日本にはいつ伝来したのか明確な資料はありませんが、今から7000万年前まで日本は中国大陸と繋がていた時期もあり元々日本に生えていた可能性もあります。また12000年前に気温上昇に伴い、地球上の氷が解けて海面上昇するまでは比較的、中国大陸と日本には移動が出来たと考えられています。同時期に縄文人もいたので、もしかしたら縄文人や他の原人が食料として持ち込んでいた可能性も少しだけあります。
ただ、日本原産の可能性はかなり低いようです。
理由として
などがあります。
中国では宋時代(960~1279年)の書物にはイチョウについての記述があり、当時はイチョウの葉の形が鴨の脚の様だったので「鴨脚」とも呼ばれていました。その後その実が銀の様な色をしていて、形が小さな杏のようだったので「銀杏」と呼ばれるようになりました。古事記や日本書紀などの日本最古の文献にイチョウの記載がなく、古い中国の書物に記載があることから、おそらくは中国原産でしょう。
ちなみに「銀杏」と書いて日本語では「イチョウ」とも「ギンナン」とも読みますが、植物名のイチョウは前述の中国での名称「鴨脚 Yā jiǎo
(ヤーチャオ)」が変化して「イーチャオ」になっていき「イチョウ」に、実のギンナンは中国語読みで「銀杏 Yínxìng (インシン)」から「ギンシン」になり「ギンナン」になった可能性が高いです
至る所に街路樹として植えられているイチョウ。春から夏は鮮やかな緑、10月~11月の秋になると彩りキレイな黄色に染まります彩鮮やかな光景が美しいイチョウ並木ですが、1点困った点として独特な臭いを出す銀杏も成り道に散乱します。イチョウには雌雄があり雌株にしか銀杏が生りませんが、イチョウを多く植えられた江戸時代に見分ける知識はなく、イチョウの雌雄については1895年(明治29年)に帝国大学理科大学(現:東京大学理学部)の植物教室の助手だった平瀬作五郎に寄ってイチョウの精子を発見したことによります。また銀杏は食料としても需要があります。それでは食料の為にイチョウの木は植えられたのでしょうか?それが全くないと言えば嘘になりますが、実はもっと実直な理由がありました。
「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉があるように、江戸の町並の住宅はほとんどが木造建築で、かつ当時はもの凄い人口密度も高かった為、揉め事と火事が非常に多い場所でした。消防車などない時代でしたから、当時は火事の時、町火消しが周りの家屋を壊して延焼を防いでいました。また防火用の空き地である「火除け地(ひよけち)」を設け、そこにイチョウの木を植えていました。
その理由はイチョウの木は、葉にも樹木本体にも非常に水分が多いので、燃え広がるのを防ぐ効果が期待されていました。実際に関東大震災(1923年)の時も実際に延焼を防いだ実績もあります。
そんな防火の為の他に、イチョウには成長が早い事、排ガスに強い事、そして美しい景観を作ってくれる事もあって、全国各地にイチョウ並木が植えられていくようになりました。
1966年(昭和41年)に「首都の美化対策として「緑の東京」を目指して、都の木を制定する「東京都の木選定委員会」が発足しました。委員会の中で「ソメイヨシノ」「イチョウ」「ケヤキ」を候補として挙げられ都民からのハガキでの投票で決められました。
投票総数:16,157票(有効16,104票 無効53票)
となり、東京のシンボルツリーは「イチョウ」となりました。
都の木になったイチョウですが、都営地下鉄などに描かれている「都のシンボルマーク」は実はこれは扇形のイチョウの葉ではありません。旧東京市から100年が経った1989年(平成元年)6月1日に候補作20点の中から選ばれました。このマークはイチョウに非常によく似ていますが東京都のアルファベット頭文字「T」を意匠化した物で、Tの字を三つの円弧で構成されそれぞれの円弧が「躍動」「潤い」「安らぎ」を表現しています。
東洋では中国・韓国・日本で植生しており、前述の通り日本では室町時代からイチョウの記述があり。存在を確認されています。日本では食用として、中国では食用の他に咳止めや夜尿治療、強壮効果のある漢方としても利用されているそうです。
西洋には鎖国時代に、オランダ商館付きのドイツ人医師であり博物学者でもあるエンゲルベルト・ケンペル(Engelbert Kaempfer 1651-1716)が「廻国奇観(邦題)」で初めてヨーロッパにイチョウを紹介しています。ただその際に「杏銀 Ginkgo(ギンコ),vel Gin an(ギンアン),vulgo Itljo(イチョウ). Arbor nucifera folio Adiantino.」と紹介していて銀杏のことを「ギンコ」「ギンアン」「イチョウ」と紹介しています。この内のGinkgo(ギンコ)がイチョウの学名「Ginkgo biloba」の由来になっています。
なお、最初の銀杏の表記が左右逆になっているのは、明治以前は文字を右から左に書いたから。これは東洋の文章は基本縦書きで右から左に書いたことの影響。日本が横書きを左から右に書くようになったのは、明治に横書き文化の西洋文化が左から右に書くことを受けて取り入れていきました。ただ、明治・大正・昭和には右から左と左から右の書き方が混在していたそうです。
実物のイチョウがヨーロッパに入って来た時期には所説あり、ケンペルが帰国時に持ち込ん説や、ケンペルが「廻国奇観」を発行してから20年後という説など、様々な説があります。
ご存じのとおりイチョウの種子である銀杏は、漢方薬では銀杏(ギンキョウ)と呼ばれていて、その効能は「咳止め・たん切り」「解毒」「強壮強精」「頻尿・夜尿症」などに効果があると言われています。
また、食材としての銀杏には脂質・糖質・たんぱく質・ビタミンA・ビタミンB群・ビタミンC・鉄分・カリウムなどが含まれます。たんぱく質は筋肉などの主成分ですし、ビタミンAは皮膚の新陳代謝を向上し、ビタミンCには強力な抗酸化作用が、カリウムには高血圧の予防効果が期待できます。
ただし、注意が必要です。銀杏にはギンコトキシン(Ginkgotoxin)もしくは4′-O-メチルピリドキシンとも呼ばれる神経毒を持っています。このギンコトキシンは構造がビタミンB6と構造がよく似ていて、ビタミンB6を阻害し、ビタミンB6欠乏症になって最悪命に関わります。ただ、このギンコトキシンは季節によって量が異なるのと、効果に個人差があり、大人で40~300個、子供で7~150個で中毒を起こす場合もありますので、健康に良いからといって過剰に摂取するのは控えましょう。また、もし体調に異変を感じたら速やかに医療施設にかかってください。
イチョウの葉には「フラボノイド結合体」「テルペノイド」「ギンコール酸」などの成分が含まれています。
イチョウの葉には有用な健康成分が含まれていますが、有害な「ギンコール酸」も含まれています。決して自分で採集したイチョウの葉から摂取することはせず、「ギンコール酸除去」と書かれているイチョウの葉商品をご利用ください。
恐竜が闊歩する時代から同じ姿で続いてきたイチョウ。漢方としても食品としてサプリとしても今も重要な栄養を私たちにもたらしてくれています。ただ、その健康効果を得るには適量と正しい商品を選ぶ必要があります。用法用量と正しい知識を使って、銀杏の素晴らしい栄養効果を余すことなく取り入れて、イチョウの木の様に末永くより健康的に良い生活を送れるようにしましょう。
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